その男性に出逢ったのは、南青山のとある古美術店だった。扉をそっと開け中に入ると、若くて美しい女性の店員が私に語りかけて来た。
「如春庵さんの処にいらしたのですか?」
「ジョシュンアンサン?」
意味も無いのに青紅葉の付け下げの着物を着ていた私を見て、茶人筋の人間と勘違いされたようだった。
お店の奥に通されて、何故か「如春庵さんの茶室」に案内される。ひっそりとした所謂茶室。利休の著名なそれらよりは広く、天井も普通に高い ( 茶道に造詣が無いので説明し難い…。) 。
実はまるで茶道を知らない事、森川如春庵氏を知らない事を彼女に告げると、丁寧に説明して下さった。
「明治二十年に生まれ昭和五十五年に亡くなるまで、実に三千回の茶事を催したという数奇者。
尾張一宮の素封家で十六歳の時に光悦茶碗「時雨」を購入したり、十九歳の時に光悦のあの有名な「乙御前」を手に入れた人物」
利休ほどは有名で無いのだが、幾ら実家が太いとは言え、こう言う「目利き」が存在したことに驚きを隠せない。決断力や眼識力の乏しい私は、何時ものように直ぐにあやかろうとするw。
しばらく茶室でゆるりとした時間を過ごした。
茶室が本物かレプリカなのかは聞きもしなかった。それよりも「森川如春庵」と言う数奇者が、突如何の前触れもなく私の目の前に訪れた事に、ひとり感動していた 笑。
コロナ禍の後、店主はお店を閉じて沖縄本店へ帰ってしまった。あの茶室は何処へ行ってしまったのだろう…。
「一服では無く、一曲」と企んでいたのだが。
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